ジャズ練習日記    ~へろへろジャズレポはリンクフリーです。~


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横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展を見た!

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今日は横浜美術館にて「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展を見てきました。
かねてから、いきたいと思っていたのですが、なかなか都合がつかなかったもので。
入ると早速ウワサの『泉』がでてきました。へぇ〜とこれが。。。

c0010322_13311872.jpg
次に『階段を降りる裸体No.2』c0010322_13322538.jpg







これは、なんというか連続写真のような感触をうけましたが、何かひき付けられるものを感じます。
他にも、『自転車の車輪』『大ガラス』『遺作』等デュシャンの作品が目白押しでたいへん満足のいくものでした。
このような作品の評価、コメントというものは得てして難しいものであると思うのですが、今回強く思ったことは、
どうして、デュシャンはこんなことをしたのだろう?
ということでした。
なぜ、デュシャンはスコップや車輪とかをそのまま持ってきたのか?
これが、やはり一番気になりました。
しかし、壁に一つの文章が掛けられていました。
私は大きな不幸や悲しみにおそわれたことはありませんし、神経衰弱にかかったこともありません。それに産みの苦しみ---私にとって絵画ははけ口だったわけではないのですから---とか、自分を表現したいというやむにやまれぬ欲求を感じたこともありません。朝に晩に、一日中でもデッサンしたいとか、スケッチしたいなどというような欲求は、まったく持っていなかったのです。お話できることはそれだけです。後悔はしていません。
これを読んで、はじめて一連の作品の意味がわかった気がします。

ちょっと話を変えて音楽をやっている人は、その「演奏する意味」というのを考えてしまうときがあります。

自分は何のために演奏するのか?
人を感動させたい?冗談でしょ!
もしかしたら、人前で演奏する意味なんてないんじゃない?
でも、自分が表現したくてしかたがない、、、そんなわけでもないよなぁ。
じゃあ別に、意味なんてないんだ、、、

とね。でも、デュシャンはここをちゃんと考えたんですね。
もう一度、考えてみないといけませんね。音楽やる人はこのような問題を見て見ぬ振りをする習慣があり、結局楽しければいいじゃんに落ち着く“伝統”があるみたいなので。。。
ちなみに上の言葉は『デュシャンは語る』という、ちくま学芸文庫からでている本に納められている文です。ボクも早速買いました。さてさて、どのようなものかな〜。
ちなみに横浜美術館のサイトはこちら
ぜひぜひ、行ってみて下さいね!

他にもデュシャンのことかいてるブログがあるかも

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by ko-charlie-ko | 2005-01-31 14:17 | 表現・芸術について思うこと